パラダイスキッチン








「ほら、沖田さん、こぼしてますよ」

世話焼きの鬱陶しい手がいちいち米粒を拾い上げては、皿の片隅に積み上げていく、小さな山になったその場所を冷めた眼差しで見つめた。
自分でも呆れてしまう、見事なまでに散らばった机の上も皿の上も、まるで年端のいかない子供のそれのよう。
苦笑しながら世話を焼く山崎の苦労だって分からなくもなかったけれど、俺の努力はまだ終わらない、終わらせる訳にはいかない。
仏頂面のままマヨネーズたっぷりの、おおよそ体に悪そうなどんぶりをかき込む、左隣の男前を睨みつけた。

なんで俺の左に座るかな、わざわざ選んで、嫌がらせしてますって顔をして、ほんとにムカつく。

右手で掴んだ箸を勢いのまま豆腐に突き刺したら、綺麗にまっぷたつに割れた、揶揄うようにぷるんと震える豆腐に八つ当たりしたって仕方ないけれど、やけになって無理矢理かき込んで、口の中で溶ける断末魔の叫びにクソ、と吐き捨てた。

「沖田さん、スプーン使ったどうです?」
「……使わないし」
「じゃ、席変わります?」
「……いらねぇし」

山崎の申し出はもっともすぎて、ありがたい事この上なかったけど、侍には逃げちゃいけない戦いがあるって知ってるのかな、ここは平穏な日常の仮面をかぶった戦場だ。
さしあたっての敵は豆腐と米粒かな、一筋縄じゃいかない強敵に、握ってるのが刀だったら俺は嬉々として乗り込んでいくけれど、獲物が箸じゃ背を向けて敵前逃亡したくなる、気持ちがない訳でもない。

なんでかな、これが刀だったら右手でだって何の問題もなく、動いてくれるのに。

試しに刀を振るうみたいに構えてみたら、何となくだけど馴染んだ、けれどこれじゃ敵は倒せない。

「沖田さん……違うから、ソレ」
「うるせぇ」

呆れた山崎の呟きと、盛大に吹き出して笑う土方さんに、苛々と箸を放り捨てた。
こんなのもう無理、ぜんぜん味なんか分からない、やってられない、もう。
好き嫌いなんて多い方で、御飯自体すっ飛ばして忘れる事だって多くて、だけど今日の献立は俺の好きなものばかりが並んでる、それを奪われちゃたまらない、根源を作った、まだ肩を揺らしてる土方さんの足を机の下で思いっきり踏みつけて、突っ伏した。

もともと俺は左利きで、それを不便に思う事もなかったけれど、何となく他人と違う事が気になって、嫌で、右を使うようにした。
刀はすぐに右でも馴染んで、今では普通に動かせる、なんの支障もないくらいに。
なのに、それ以外はからっきしで、中途半端にぐちゃぐちゃのまま、他人との違いを浮き彫りにするばかりで、なんて性質の悪い冗談。
結局俺は、戦闘に関する事にしか、あたまも体もうまく動いてくれないようにできているらしい。

「なんでお前、そんなに下手なの」

そんなの、俺が一番聞きたい。

「だって、もともと左なんでしょう? 刀だけでも右が使えるって、それだけで十分じゃないですか」

山崎のフォローなんて、聞いたらますます下降していきそう、もう、どん底まで。

普段はなにも気にせず左を使う、けれど俺が右、土方さんが左、そんな座り順になったりすると決まって嫌な顔をされる、左利きの俺と右利きの土方さんと、同時に何かをすれば手が当たって肘が当たって、まともに食事なんてできたもんじゃない。
今日のは土方さんの嫌がらせで、分かってるのに、「テメェが右で食え」なんて陳腐な挑発に乗っかった俺が馬鹿だった、相手にするんじゃなかった。

へこんだままの俺を、山崎が懸命に救い上げようとする。

「沖田さん、席変わりましょ。ね、ご飯冷めちまいますよ」
「おーおー、そうしろ」

お節介な優しい声と、明らかに楽しんでる嫌味な声と、どっちがより耳に残るかといえば、嫌味な方で、俺は起き上がる、自棄になってびしっと指を突きつけた、土方さんに。

「だったらアンタが左で食えってんだ」
「簡単だろ」

鼻で笑って、箸を左に持ち換える、豪快に掬った米粒はマヨネーズの助けを借りて、見事に零れ落ちる、また掬う、落ちる。
余裕、とほざいていた顔がみるみる険しくなって、最早格闘の域まで達して、なんだ、俺と大差ない。

「簡単なんだろィ」
「お、おう」

引っ込みがつかないところまで追い込んでやって、真っ赤な顔してどんぶりと格闘する土方さんなんて滅多に拝めたもんじゃないから、この機会にしっかりと拝んでおかないと。

「副長……、沖田さんより性質が悪いです」

呆れを通り越して、なにか恐ろしいものでも見る目付きの山崎に、俺は笑った、さっきまでの土方さんみたいに盛大に。
もの凄い目で睨まれたけど、ざまぁみろって舌を出してやった、当てつけて左で箸を持つ、馴染む、当たり前だけど。

「美味しいなぁ、山崎」
「そうですねぇ」

必死な土方さんを横目に食べる御飯は格別で、だけど何かが違うとも思ったから、もう無駄な努力はしないし、させないんだろう。
手をぶつけ合わせて、肘をぶつけ合わせて、小さな言い争いを繰り返して、そうやって食べる御飯の方が何倍も美味しく感じるなんて、厄介な事極まりないけれど、俺たちらしくって笑える。

「副長、もういいですって」
「そうですぜ。無駄な足掻きはやめなせぇ」
「うるせぇ!」

いつもの通りだって、ここは平穏な日常の仮面をかぶった戦場には違いなくて、そこで俺たちは馴染んだ感覚で戦いを繰り広げたりする。
だけど、だから最高に楽しい場所なんだって、そんな事を思いながら。









2006.08.05 UP [偽 / ウサミ 様]


■ 総悟左利き萌え同盟 作品 ■
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